私的美学ミーム史
美学ウィキというScrapboxを作って半年が経ちました。想定の数倍の反応と参加者とともに編集を続けられていて有り難い限りです。
ある程度の規模の制作でメイキングを作るのと同様に、このScrapboxもある程度の規模になったと思うので、私的美学ミーム史と評して雑記を書いていこうと思います。
その前に
私は言語能力が非常に劣っているために、よく状況証拠で物事を説明してしまう癖があります。
今回の場合、「mediawikiや各種公開用WikiサービスではなくScrapboxを利用する」「Wikipediaをソースとして扱える(孫引きの許容)」といった状況証拠から、意図的に「美学」の語や既存の美学ミーム研究が(これらへの違和感を持つ層から見て、外側の文化圏によって)誤用されていること、
またこのScrapboxがアカデミズムの文脈にはなく、市井の伝承に近いものであることを伝えようとしていました。
しかしながら、これらが成立するには、公開ツイートがどれぐらいバズるのか、Google検索のクローラがどこまで引き上げるか、にかなりの依存があったと反省しています。
名前について
この「美学ウィキ」という名称は英語圏の「Aesthetics Wiki」を直訳したものから始めています。
「美学まとめ」とか「coreまとめ」みたいな候補もあって、これはそういったタイトルのYoutubeショート動画をモチーフとします。
このScrapboxが位置する情報密度はショート動画超過、Aesthetics Wiki未満です。また違うベクトルとしては日本語圏特化です。これを端的に表す語として「美学ウィキ」より他に適当な名前が見つかりませんでした。
「美学Aesthetics」の誤用に関する問題点は英語圏での問題と連なってしまい、既に美学ミームを消費生産している場ではこれらの語が定着してしまっています。
正直私個人での対処ができない規模の問題ではあるのですが、一つの及第点として、Scrapboxの固定ページで学問としての「美学aesthetics」及び英語圏での「美学Aesthetics」、そして日本語圏近辺で利用される「美学(bigaku…?)」の区分けと、このScrapboxで話されない内容についての迂回路を用意しています。
閑話休題
作るに至った理由
いま美学として扱われる様式で、私が最初に触れたのはVaporwaveでした。
だいたい2016年頃で、私的でないVaporwave年表でも日本語圏内で流行した時期と重なると思います、アーリーアダプターの終わり頃に当たる層ですね。
その後数年ぐらい、Vaporwaveをモチーフにした作品が日本語圏内でもでていました。
私は当時Aviutlを使った映像制作の遊びをしていたので、インプットとして映像の参考にしていました。
多分当時の日本語圏内シーンのVaporwave引用はこれが代表
その後コロナ禍があってインターネットが賑やかになります。
この頃、ENAの第一話がYoutubeに投稿され、アルゴリズムに乗って日本語圏内でも界隈の出来る規模で流行しました。
このタイミングで、私は自身の制作するモチーフの一部や、過去に見たいくつかのジャンルの名前やハッシュタグが「美学ミーム」として扱われていることを把握しました。
Webcoreの体系化
同時期、私も大学のために上京し、ファッションに関心を持ち始めました。
Instagram発の水色界隈や、その発展としてブランド「ililil」の名付けた天使界隈の流行を眺めていて、それらが日本語圏内MVシーンではWebcoreとともによく利用されることがわかりました。また2022年に「NEEDY GIRL OVERDOSE」が登場し、「Webcore」の指す範囲がAesthetics Wikiでは足りなくなってきました。
暫くして、仕事の内容で「〇〇のような見た目で」と言った注文文に美学名を入れることでスムーズになる機会が多くなりました。
また逆に、リファレンスとして特定の美学を(無意識にも)差している提示があったりもしました。つまり、美学ミームを把握することが映像制作では必須になってきていました。
しかしながら、この時に存在した情報源は各ショート動画に点在するファッション文脈の解説動画、ENAから入っただろうゆっくり解説動画、一部のNote、そして英語圏にあるWikiのみでした。
自分の映像。Aesthetics Wikiでは完全に足りなくなった。
その後tiktokで色々なcoreのタグを見たり、Y3Kのファッションを漁ったりして、映像の仕事をするに足る情報を闇雲に摂取していました。
また一種のミームとして、視覚と音楽が揃って様式になっているものをcoreと呼ぶ遊びをしていて、「新万博core」を造語して仕事に使ってしまったりしました。
- ちなみにこれは英語圏でTechnozenが殆ど日本であることだけで放り込まれる美学になっている点への冷笑に近い遊びで、Technozenの傘下を細分化しまくっていました。
2025年末にある食事会で現在の美学ミームの流行りや流れの話をしていて、良い応答をもらいました。そこで、闇雲な手元のメモではなく、ある程度外部に公開できる状態に整備すべきだと考え、クローズScrapboxにまとめることにしました。
また、この頃に友人が生活coreを提唱、その後Twitterでの写真コミュニティにおいて、Liminal Spaceに連なる発展としてのインターネット風景系概念があることを把握するなどいくつかの出来事と会話の末、明確に日本語圏独自のAesthetics Wikiを建てる必要があると確信しました。
Discordで色々考える
ここは私の鯖に記録が残っているのでダイジェストで引用します。
以下のすべての引用は私のDiscordチャット文です。
Wikiってどう作るんだ、fandomでやると近すぎるし英語圏すぎるけど、Mediawikiはかしこまりすぎ、Wiki3はオタクネイティブすぎる。オタクネイティブ的でもよい。美学ミームを能動的に消費する層とTiktokなどでリバイバルを意識せずに消費する層は被っていなくて、
この後、各Wikiサービスの比較をしたのち、クローズなものと同様にScrapboxに決定しました。旧は雑多なので新しくプロジェクトを建てていますね。
それ(能動的に消費する層)よりも国内シーンでそもそも美学ミームを持たず、散逸してBackroomsとWebcore(の一部)とY2Kを「今風」で処理している点を変えたい。
例えばネット風という依頼が来るときにクライアントも作り手もWindowsの再現しか想起できなかったときに美学Wikiを渡すと、クライアントは結構感嘆するし、なんなら方向性が大きく変わる時がある。時々自分の感情を説明する言葉を見つけたと喜ばれることもある。それをしたいですね
ここで友人が生活coreに関するブログを投稿しています。
命名されるのは嬉しくない
・例えば日本発のゲーム周辺UIが一絡げに”禅”と称されていることに仄かな嫌さがある
・案:「-kei」に準ずる「-的な」とか「-っぽさ」という接辞を作る
カテゴライズや隣接かどうかを判定するのは不可能、恣意的にしかあり得ない
・名前をつけたいのではなく類型を集めてリファレンスとしたい → 正直IDでもいい
・個々の作品のリファレンスが公表されていればギリギリ一次資料にできる。フロクロさんはじめボカロ周辺なら可能性がある
なんというか、失敗して人の作風に勝手に名前つけまくった迷惑なやつになるか、成功してまったく新しい見た目の作品の乱立を5-6年速められるか、のハイリスクハイリターンな試みで疲れそうですね・・・
今見返して改めて思ったんですが、この美学ウィキの役割はそっちの方が大きいと思います。また濁して状況証拠(今回は文章という強い証拠)に頼りますが。
公開
公開してから一気にバズりました。私の想定ではインディーズMV作家に広まれば良いなと思ったのですが、ちゃんとした美学研究者と美学ミーム研究にまで到達してしまいました。
ただそのお陰で、当初の予定だった「ショート動画超過、Aesthetics Wiki未満」から、上限を引き上げるアイデアを多くもらいました。あとちょっと英語力が上がりました。
この返答についての対応にDeepLは弱すぎるのでよければ英訳のできる人にI Spoke too Soon. The Fact of My Creating the Aesthetics Wiki has Vanished Into Dust. What is an Aesthetic Anyway?の要約、とくにaestheticとは何かの点について1-2行の邦文をお願いしたいです。しかし1日でリサーチマップにネット美学の論文をかいた人に届くと思っていなかった。アワアワしています。
逆に海外では「美学」の誤用についてどう扱われているんだろう。VOGUEではもう
"エスセティック "という言葉は、学術的な言葉や芸術家や作家が用いる言葉から、私たちのアイデンティティを分類するための言葉へと変化してきた。
とあるが、美学者がいない訳がない。
同時に、私たちの把握していない部分を愛好する方にも届いたおかげで、いくつかの記事は非常に高品質なものになったと思っています。
その後
“What aesthetic is this?” Elizabeth Goodspeed on the push to categorise visual cultureという記事が出て、私は以下のように考えました。
一種のコンテンツ産業(グッズ、服等)が商業的な目的で命名した場合は一過性の流行りか一般用語や汎用タグにしかならない点でそこまでピンとこない。ただ作品を作らずにクリエイティブな地位を得ることができる点はそうで、美学ウィキはもっとオープンかつ匿名的でよいかもしれない。
または、全員が美学ウィキを作れば良い。”””命名する権威”を得る場”を作る権威”が凡庸になってくれば最早その内側の権威はほとんど無視できると思う。
そしてその後CARI直々に「ノスタルジースロップ」としての消費(と外部で行われる研究の私物化、こっちが本題だと思いますが)について表明しました。
当然功績自体の価値は非常に高いです。それと独立して「ノスタルジースロップ」を無知ignoranceだとは考えません。寧ろその変容の方が大事だと考えています。いまの流行が異国情緒とノスタルジーに閉じ込められている以上は。
「自分の宙に浮いたアイデンティティを外側から学術的に名付けられたことを知り、言語化できて嬉しい(誤用)、仲間が欲しい(タグ・SNSアルゴリズム)、それを転用してもっと自分を定めたい(造語)」がその外側直々に無知とされるのは悲しすぎる。
それで、その後は結局何も変わらず編集を続けています。
最後に
少し美学ウィキの超個人的目的を明かしてしまうと、
私はギリギリ消費者になれたものの、もう殆ど飽きてしまっていて(そしてアルゴリズムの跋扈するSNSからも足を洗っているため)、おそらく次の美学に私は着いていくことができない。
そのために急いで美学愛好家の居るインプットの取っておける場を作っておきたいと思っています。
これは美学ウィキが速度を最優先に、まだ美学と言えないが片鱗が見えた段階でもまとめられるようにしていること、科学的態度を取ることを要請していないこと(完全に市井の人々を書き手としていること)のサブの理由です。 — 2026/03/18
美学ウィキ編集リンク最後も状況証拠に頼ります: https://scrapbox.io/projects/AestheticsWiki/invitations/c635ad840f033dcb87e56c6702a2a9e1